photography
ブローニュの森の貴婦人たち
―― 中田柾志の写真世界1
bou2030(記載あるもののほか、すべてキャプションなし)
深い緑の森の夜、フラッシュに浮かび上がる挑発的な女。ビニールの花のごとく地面を覆う使用済みのコンドーム……。パリ、ブローニュの森にあらわれる娼婦たちの生態である。
パリ市街の西側に広がるブローニュの森。凱旋門賞のロンシャン競馬場や、全仏オープンのロランギャロスも含むこの広大な森林公園が、昔から娼婦や男娼の巣窟としても有名だったことを知るひとも少なくないだろう。そういえばあの佐川一政が、死姦し食べ残した遺体を捨てようとしたのも、この森のなかだった。陽と陰がひとつの場所に、こんなふうに混在するのがまた、いかにもパリらしいというか。
中田柾志という写真家の存在を知ったのは、彼が2005年から2009年にかけて撮影された、ブローニュの森の娼婦たちを捉えたシリーズだった。
中田柾志は1969(昭和44)年、青森県弘前市で生まれた。中学校で陸上、高校ではボクシング部で活動していた柾志少年は、「バリバリの体育会系」だった。高校卒業後、自分に向いている職業はなんだろうと考えたときに、「絵を描くのが大好きだったから、そういう感じの仕事をしたい」と、東京の写真専門学校を選んで入学する。
「写真なら、絵に近いとか漫然と考えたんでしょうねえ……そのころはカメラのカの字も知りませんでした(笑)」という中田さんは、新聞奨学金を受けて、月島の新聞販売店で働きながら2年間の専門学校生活を送った。写真の専門学校を卒業、とりあえず写真現像所で1年間働いたあと、「藤原新也さんの影響で」インド、ネパールを放浪。帰国後はバイトを転々とし、「いまで言うフリーターですねえ」という生活を送りながら、こつこつと自分だけの写真を撮ってきた。
最初のうちはら社会性のある写真や環境破壊をテーマに旅してみたが、だんだしっくりこなくなって、ほんとに自分が飽きないもの、興味があるものはなんだろうと考えたら「それがエロだったんです!」。
中田さんは20年以上も川口の風呂なし家賃2万いくらのアパートに住み、長期の休みが取りやすいビルの窓ガラス清掃に従事しつつ(休みが取りやすいよう正社員にはならずバイトのまま)、旅の資金が貯まったら長期の撮影行に出る。その写真をコンペに出しては「たまに作品が入選したりする、というパターンでず~っと淡々と変わらない生活」を送っている。
2005年にドイツのエロスセンターを撮影したのを手始めに、パリのブローニュの森の娼婦たち、素人の女の子を本人の希望どおりに撮る『モデルします』シリーズ、タイで女子大生を撮影したりと、「私のスケベ心を刺激してやまない」表現をひとりだけで追求してきた。
2013年に記事にさせてもらったとき、中田さんはブローニュの森の写真に短い説明をつけてくれた――
「街娼」は世界中で見ることができるが、「森娼」はここでしか見ることができないのではないだろうか!?
自然というピュア・神聖なイメージと、娼婦という欲望のイメージ、両極端なものが混在するところ。
娼婦がどこに出没するか、右も左もわからない状態で、ひたすら探し歩き回った。最初に発見した時の不可思議さ。エナメル衣装、肌を露出した女性と背景の葉緑素との組み合わせのシュールな世界観。
ある娼婦には「夜の公園は危険だから大通りから奥に入って行かない方がよい」とアドバイスを受けたが、怖さよりスケベ心が勝りアドレナリン噴出で、奥も少し覗いたりした。
娼婦は話してみると気さくで明るく、ジメジメした印象は受けなかった。みな過度に見せたがる傾向が強く、快楽な撮影ができた。この時は3日間だけで十数名撮る。
それから4年後の2009年5月、本格的に撮りたくブローニュの森を再訪。
娼婦が出没する場所は大体特定できるので、探す手間が省けた。
今回は盗撮も敢行してみた。娼婦に見つかることより、娼婦を物色している男達の方を警戒した。客以外の危ない輩が混ざっているかもしれないからだ。
ハッセルブラッドのカメラに標準レンズ1本での盗撮なので、当然人物は小さめにしか映らない。でも周りの新緑の色が、娼婦とのアンバランスさを、より顕在化できたと思っている。
この森に出没する娼婦の半分以上は男に思えた。
三十数名の撮影に成功。20~40ユーロが撮影の相場(当時のレートは1ユーロ135円前後)
大通りから奥に20、30m入ったところに道から死角になる形でU字形の植栽が生えてあった。6畳分くらいのスペース。夕方、歩いていたら突然目に飛び込んできたおぞましい光景。薄暗い中、視界に入ってくる無数のコンドーム。人間の性の営みの痕跡がリアルに点在した。気持ち悪さと同時に、瞠目すべき空間。世界中で、この光景を目にすることができる場所が他にあるだろうか、と。
娼婦は人類史上最古の職業ともいわれ、世界中どこにでも存在する。売春が合法な国があれば、非合法な国もある。未来永劫なくならないだろう。
2003年フランスではサルコジ法(売春行為禁止)の施行により、売春がアンダーグランド化し、街角に立っていた娼婦が森に移ってきているともいわれる。今後、『ブローニュの森の貴婦人たち』(ロベール・ブレッソン監督の映画)は増えていくのだろうか?