47 てっちゃん

 ススキノで、札幌で、もっとも強力な海鮮居酒屋と断言できる「大漁居酒屋てっちゃん」。その超絶インテリアと、「てっちゃん」こと阿部鉄男さんの人柄に魅せられ、僕も長く通わせてもらってきた。20種類近くの魚介類があふれんばかりに積み上げられた、大根のツマによるかさ上げなしの刺し盛りに、初めての客はみな言葉を失った。

 いつのころからか、てっちゃんが仕事の合間を見つけて、絵を描いているのを知った。アマチュア絵画教室に通うようになったのをきっかけに、身の回りや家族、愛犬が織りなす情景を鉛筆のスケッチや油絵で描いていて、それがすごくいい。最初のうちは、いくら褒めても「からかってるんでしょ~」と恥ずかしがってばかりだったが、そのうち店のそばに小さな部屋を借りてアトリエにして、開店前のひとときキャンバスに向かう時間がなにより貴重なリラックス・タイムになった。2017年の札幌国際芸術祭ではススキノの雑居ビル地下に、レトロスペース坂会館や僕の北海道秘宝館展示と並んで、「大漁居酒屋てっちゃんサテライト」なる展示空間も設けられた。

 「てっちゃん」はコロナ禍が始まってまもなくの2020年春に店を閉める。前身となった「若者とフォークの居酒屋」(1974年、26歳の時に札幌の北24条でを開業)から46年目。調理場は他の料理を含めて一人ですべて切り盛りし、毎日22:00に店を閉めて、翌朝3:30に起床。4:00に魚河岸に仕入れに行き、5:00から120人分の新鮮な魚介類をさばく。長年の酷使で親指と人差し指の付け根が包丁を持つ形にくっついてしまったが、だれにもその痛みを愚痴らず、こっそりと左手で食事をしていたという生活が、ようやく一段落したのだった。