許曉薇(シュウ・ショウウェイ)は1974年、マレーシア生まれ、父からの虐待と冷たい家族関係から逃げるように台湾の大学に進学。分子医学で博士号を取得し、大学付属病院で研究者として働きながら孤独な日々を過ごすうち、30歳を越えたある日、SMに出会った。台北や東京のSMシーンに入り込んでいくうちに、日常の束縛から解き放たれて輝く仲間たちを撮影し始める。しかしいまだ保守的な台湾の芸術界では発表の場が見つからず、写真を撮らせてくれる仲間たちのプライバシーを脅かすおそれもあり……悩んだ末に「好きなものをだれにも迷惑にならずにつくりたい」と、自分をモデルにした撮影を始める。2011年ごろのことだった。
花木を素材にした『花之器』を始めたのは2016年。いつものように、たったひとりで、試行錯誤を繰り返しながら撮影を続けてきた――「人の体っていうのは、大きいんです。だからそれと一緒に撮る花も、大きくなくちゃいけない。スクーターで持って帰ってくるのも大変だけど、それを自分の体に合わせて整えて、お尻とか性器に差して固定するプロセスは大仕事です。そんなに深く差し込めるものでもないですし」。
ひとり暮らしの台北の狭いアパートで週末ごとに、花市に通って花木を選ぶ。急いで帰宅したら、ひと息つく間もなく(花はすぐ開いてしまうから)、台所の食卓に布を敷いた間に合わせのスタジオで、三脚に付けたデジカメが5秒ごとに切るシャッターに合わせて、からだをくねらせていく。
Mにおける緊縛は、縄によってからだの自由が奪われることで、逆にこころを解き放ち、閉じ込めていた快楽への扉を開くプロセスである。じっと座ることで、こころの内側を自由に遊ぶ禅や瞑想と同じように。
花にからめとられた彼女の裸体。それは荒縄のかわりに蓮や蘭や竹や松で縛られた肉体だ。そして縄が解き放つ精神のように、植物に拘束された女のからだから、美しい花が咲きこぼれる。
『花之器』に彼女は「The Vessel that Blossoms」という英語タイトルをあてている。器を意味するヴェッセルはまた、船でもある。花咲く器に乗って、シュウ・ショウウェイの精神は奥へ奥へと、ひとりだけの旅を続ける。