仙台市内から北上すること約1時間半、「宮城の明治村」とも呼ばれる登米の旧市街から、北上川沿いに走ったはずれにある集落が津山町。人口3000人ほどの小さな町のアトリエで製作を続ける山形牧子さんは1954年生まれの主婦。横浜出身で、結婚して岩手にやってきた。
「それでいまから15年ほど前ですかね、石巻のカルチャー教室で、絵を習い始めたんです。きっかけというほどのものでもないけど、『毎日、なんのために生きてるんだろう』って疑問を感じて(笑)。そこの先生が『絵にはうまくていい絵、うまくて駄目な絵、下手でいい絵、下手で駄目な絵とある』と教えてくれて、『だからあなたは下手でいい絵を目指せ』って」。
最初のころは壺とか描いてたんですけど(笑)、すぐに人物になりました。デッサンとかやったことなかったけれど、人間を描きたかったんです。」
「牛は……もともと好きではあったんですが、人物と組み合わせるようになったのは7、8年前から。あれ、牛は男のかわりなのね。女と男のからみをそのまま描いちゃうと、露骨すぎるんじゃないかと思って。擬人化の反対というか……だからテーマは『愛』なんです!」
「展覧会では入選してるし、おもしろがってくれるひともいるけど、会場で観て、真っ赤な顔して怒るひともいたし。こんな田舎でしょ、近所のひとも覗きに来てギョッとしたり。あと、夫と娘は『頼むからやめてくれ』って、すごく嫌がってます(笑)。」
まだいちども個展を開いていないし、作品を売った経験もないという山形さん。でも何年間もの制作でずいぶん作品も溜まっているだろうと思ったら、「ここに並べたのと、あとはちょっとだけ。ぜんぶで20~30枚しかないかな」と言われてびっくり。なんと、描きあがった作品もどんどん潰して、その上からどんどん新作を描いてしまうのだという!
もう20年以上住んでいるけれど、いまだに田舎特有の閉鎖的な空気になじめないでいるという山形さんは、「だからこそ絵に集中できるのかもしれないですね」と教えてくれた。