5 吉岡里奈

 描くもの、書くもののイメージと、本人の見かけがかけ離れているというのはよくあること。僕もそう言われることが多いが、2016年に『女たちの夜』というZINEのような作品集を、作者である吉岡里奈そのひとから手渡されて、「え、これ描いたんですか?」と、かなりとまどったのを覚えている。目の前に広げられたお色気熟女(とオヤジ)がプンプン振りまく昭和の匂いと、目の前にいる女の子の見かけが、どうしてもうまく合わさらなかったからだ。

 吉岡里奈は1977年生まれ、今年8月で40歳になる。東京都大田区から多摩川を隔てたすぐ対岸、川崎市中原区に生まれ、ずっと同じ土地で育ち、最近まで実家の2階を仕事場兼寝場所にして、祖母、母と3人の女所帯で暮らしていた。

 生まれてからいままでずっと、このへんなんです。ちゃんと就職もしなかったので、実家を出るきっかけがないままずるずると来たというか……恥ずかしいんですけど。

 物心ついたころから、壁一面に絵を描いてトランス状態に入ってるような子どもでした。クラスでもふだんは地味に目立たない生徒で、美術の時間だけみんなが机に集まってくる、みたいな。ほんとに取り柄が絵を描くことしかなかった。

 いちど絵のコンクールで賞を取ったことがあって、そのとき誉めてくれた先生が多摩美出身だったんですね。それが唯一、自分を認めてくれたひとだったので、小3のときに多摩美を目指しました(笑)。

 もう美大しか考えてなかったので、高校時代に立川美術学院(美大予備校)に通うようになったら、ちょうど映像学科が新設されたときで。それがデビッド・リンチやピンクフラミンゴとかをずーっと観たり、楽しい授業だったし、映像制作というのはデザインでもなければ、ファインアートでもない。そこに興味を惹かれて、多摩美の芸術学科映像コースを受験して、無事に受かったんです。

 でも美大に入ったら、それで満足してしまった感じがあって(笑)。それに自分の才能のなさというか凡人さと、あと卒業制作の大変さに燃え尽きてしまい……。在学中にできた友達がインドにハマってて、その影響で私もインドカレーが好きになって、インド料理店で働くようになったんですが、卒業後もそのままインド料理店で漫然と働いたり、カフェの店員とか、パティシエとか、美術館の受付とか、いろんなバイトを転々としてたんです。そのころは絵もほとんど描かなくて、もしかしたら仕事を絵から逃げる口実にしてたのかもしれない。

 30歳ごろになって、もういちど絵で勝負しようと思ったんです。いまやらないと、もうどうしようもないって。それで青山ブックセンターが主催する青山塾で、イラストレーション講座を受講し始めました。2008年から12年まで、つごう5年間。ちゃんと絵に向き合ったのは、ほとんど10年ぶりでした。

 もちろんバイトしながらだけど、青山塾に通ってた2009年に、友達から目黒雅叙園の夏祭りのポスターを頼まれたんです。それが「昭和の竜宮城で唄う!踊る!」というコンセプトで……あえて昭和っぽい絵を描いてみたら、思いがけず好評でした。荒ぶるタッチというか、劇画タッチが昭和の感覚とうまくマッチしたのか。自分の絵が昭和に合ってるって初めて言われて。それまではいろいろ現代っぽい絵を描いたりもしてたけど、いまひとつしっくりこなかったのが、このときにやっと自分らしい感じをつかめた気がしました。

 それまで自分がことさら昭和マニアという意識はなかったけど、誉められて初めて「自分ってこういうの好きなんじゃん」と実感したというか。当時の映画のスチール写真のざらざら感とか、そういえばすごく好きだなと。で、いろいろ資料を集めたり、名画座で昭和の映画を探して観るようになりました。神代辰巳の『赫い髪の女』(にっかつロマンポルノ)みたいな、ああいう蓮っ葉だけど強くて優しい昭和の女の感じって、いまはないじゃないですか。

 でも私、思い出してみると5歳くらいのとき、すでにビキニの女の子とか、パンツ一丁の女の子とかをこっそり描いてたんですね。子どもごころにこれは母親に見つかるとまずいと思って、隠したりしながら。

 だからいまでも絵の対象として描きたいのは、ぜったい女なんです。男には興味なし。おじさんは描きますけど、それはエビフライのパセリみたいな添え物。若い男にはさらに興味ないし、ぜんぜん描けないです。だって女は顔だけで3日くらいかかったりするけど、おじさんは2時間ぐらいで描いちゃうから。

 ああいう、おじさんならではの欲の剥き出し感というか、昭和的な泥くさい顔が好きなんですね。でも、だからといって絵に出てくるような女のひとになりたいとか、おじさんと付き合いたいとか、そういう気持ちはない(笑)。彼氏はいるけど、昭和っぽいおじさんじゃないし、実はお酒が飲めないので、バーとか酒の場にいることも苦痛だし。最近まで商業施設の清掃バイトをしていて、早朝から仕事、午前10時ごろに家に帰って夕方まで絵を描くという生活だったので、基本的にすごく朝型だし。

 だから私の絵は実体験でもなんでもなくて、すべて妄想の産物なんです。絵を買ってくれるのは昭和を知っているひとばかりで、だいたい60代とか。それも男性ばかり。そういうひとに私の妄想を見てもらえるのはうれしいけど、自分そのものではないから。

 けっきょく妄想としてエロい絵を描くことで、もしかしたら親離れをしようとしてるのかもしれないけど(ものすごいお母さん子なので)、私は天才ではありえないし、アウトサイダー・アーティストにもなれない。ただの凡人が、凡人なりに、見てくれるひとになにを返そうかというのを、最近すごく考えるようになったんです。だって、バイトしないで絵を描けるくらいになったのはつい最近だし、それも実家暮らしだからできているようなもので。

 少し前まではずっとひとりで絵を描きためて、たまに青山塾の先生に見せたり、あとはファイルを出版社に送って音沙汰なし、という状態でした。だからこのままずっと、バイトしながら絵を描いていくのかと思ってた。コンペにも、落ちるのが怖くてほとんど出せないでいたくらいで。

 そんな自分が絵を描いて、お金をもらえるというのが、いまはすごくありがたくて、どうしたら見たり買ったりしてくれるひとたちに返せるだろうと。どうしたら、もっと楽しんでもらえるだろうと。そんなことばっかり考えちゃう。私の絵で、日々の疲れが一瞬ほどけてくれればいいな、とか。